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TRPGは、プレーを通じてエンターテイメント作品を生み出す遊びである!!


 脚本家や役者、演出家という職業について、私に造形があるわけではありませんけども、
これら職業が、「演劇」というエンターテイメントを作るためにいる役割であることは、わかります。

演劇とはなんであるか、それも私風情がわかるものではありませんけど、
でも、それが、それを鑑賞する(芸術作品や娯楽作品として味わう)誰かのために存在するもの、であることは、わかります。

 であるならば、監修の言では、
「TRPGは、プレーを通じてエンターテイメント作品を生み出す遊び」であり、「参加者は、ゲームを通じて生まれた作品を、味わって楽しめる」わけです。

疑問を感じませんか? 「プレイヤーは、プレー時は作品を生む楽しみを味わい、作品が完成した後、作品自体を味わって楽しむ」ことになりますが。

 わたしは、「プレイヤーはプレー中作品を生み出すことを楽しむ」
「プレイヤーは作品の完成後、それを味わって楽しむ」と、RPGの楽しみを定義されることに、疑問を感じます。
なぜなら、そこには同じ卓に参加し、同じ時間をすごしたプレイヤーの存在が、個々のプレイヤーの楽しみに何一つ関与していないからです。

 これについては断言できますが、RPGはゲームである以前に、遊びである以前に、集団でやるレクリエーションであります。
である以上、その根本には「他人とのコミュニケーション」が、面白みの根幹として働くのではないでしょうか。

 オレキャラクター、オレ語り、オレストーリーを構築することにとって、
他のプレイヤーが担当するキャラクターは、不確定要素である分、目的達成の障害でありましょう。
これをうまく制御し、お互いがお互いのしたいことを許容して、それぞれがそれぞれのオレストーリーを、「GMという役割のプレイヤーが用意したオレストーリー」の中に盛り込む。
そんなことは、シェアード・ワールド・ノベルででもやっていたほうが、より高い完成度が達成できるのではありませんか?

TRPGは、プレーで何かを作り出すためにプレイヤーが参加するもの、とは、私は思いません。
TRPGは、まずプレーして、プレーの楽しさでプレイヤーが満足し、面白がるものではなかろうか、と私は思います。

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